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Tokorozawa Aviation Museum所沢航空発祥記念館の概要

当館は、埼玉県所沢市の所沢航空記念公園の敷地内にある航空をテーマとした埼玉県立の博物館です。
公園のシンボル的存在で1993年に開館した施設です。

設立経緯と趣旨

アンリ・ファルマン機/撮影:喜多川秀男

ニューポール81E2(陸軍甲式一型練習機)/撮影:喜多川秀男

1903(明治36)年12月、ライト兄弟が「フライヤー1号」で世界初の動力飛行に成功し、欧米における航空への関心と技術は急速に進みはじめました。わが国もこの動きに刺激され、航空技術を研究するための臨時軍用気球研究会が1909(明治42)年7月に創設されました。研究会最初の事業のひとつは飛行場用地の選定であり、所沢のほか大田原、宇都宮付近、小田原、下志津などが候補になりました。地形や気候が適していたことに加え、当時気球隊が駐屯していた東京府・中野町から鉄道の便が良かったことから所沢が選定されました。

1911(明治44)年4月1日、臨時軍用気球研究会所沢試験場が開設され、幅50メートル、長さ400メートルの滑走路と格納庫、気象観測所を備えたわが国最初の飛行場が誕生しました。飛行場には「アンリ・ファルマン」「ハンス・グラーデ」「ブレリオ」「ライト」の4機が備えられました。同年4月5日から15日まで最初の演習飛行が行われ、初日の早朝、徳川好敏陸軍大尉の操縦するアンリ・ファルマン機が、高度10メートル、飛行距離800メートル、飛行時間1分20秒を記録しました。これがわが国で最初の飛行場における初飛行として記録されています。

その後も飛行記録が次々と所沢飛行場で誕生しました。また、初の国産軍用機である「会式一号機」をはじめ初期の飛行機・飛行船の設計・製作、パイロットの操縦訓練や機体整備など、航空にかかわる多くの事柄が所沢を舞台にはじまり、日本の航空の発達に貢献してきました。

これらのことから所沢は「日本の航空発祥の地」とされています。

第二次世界大戦後、所沢飛行場は米軍基地となりましたが、市民の強い返還運動により、1982(昭和57)年までに段階的に基地の約7割が返還されています。一方、市民によって航空発祥の地として永く後世に伝えるための航空資料の調査収集も進んでいました。返還された所沢飛行場跡地は1978(昭和53)年に「所沢航空記念公園」等に整備され、1989(平成2)年11月には埼玉県が博物館の建設計画に着手、その4年後の1993(平成5)年4月に「所沢航空発祥記念館」が開館しました。

「航空発祥の地」を記念して建つ「所沢航空発祥記念館」は、航空の歩み、空に関わる科学と技術、そして文化の視点から、航空機展示・科学体験展示・教育普及活動などを展開することで、空への興味・関心を喚起し、未来を支える人財の育成と航空のさらなる発展を志向しています。

施設の紹介

施設の規模

建築面積 3,878.5平方メートル
延床面積 5,260.7平方メートル
構  造 鉄筋コンクリート造及び鉄骨造
テフロン幕使用

施設の主な概要

ロビー面積 440平方メートル
展示館面積 2,920平方メートル
大型映像館 定員200席(平面スクリーン)
スクリーンの幅 (スクリーンの幅)20メートル
スクリーンの高さ (スクリーンの高さ)15メートル
研修室定員 60名
格納庫・収蔵庫面積 1,247平方メートル